ヴィーガンに至る道(概要編)

 

今回はミチカがヴィーガンになるまでの経緯を簡単にお話します。

 

「肉食」を中心キーワードにして大ざっぱに書きました。

 

もっと詳しい経緯は長くなるので別記事でよろしくどうぞ(笑)

 

ミチのヴィーガンに至る道

 

ミチはある書籍の出会いにより、不食を目指しました。

 

不食というものは生活の他の部分にもまわりの人にも人間関係にも影響が出てくるので結果的には小食の方向に進みました。

 

そのときにはもう肉は食べる必要がなくなっていたんです。

 

実際にそうでした。

 

肉のタンパク質を摂らなくても、畑のお肉.大豆があるじゃないかと。

 

ミチはそれ以来、大豆食品を主として、豆類や穀物.ナッツ類.が大好きです。

 

途中ローフード、ナチュラルハイジーン等を経由して.今は玄米菜食の生活です。

 

チカのヴィーガンに至る道

 

チカは若い頃から何となく好きになれない肉を焼いて食べていました。

 

何かおかしいなと思いつつも、みんなが食べているから食べている。

 

でも、ミチと結婚してミチが肉を食べなくなるとチカは気付きました。

 

「そうか、焼肉の味は、焼肉のタレの味だったんだ」と。

 

それ以来、チカは肉を食べなくなりました。

 

もともと食べなくてもよい体だったのかもしれません。

 

生まれた時から「肉は食べるもの」と刷り込まれたから食べていたのじゃないのかなと。

 

生きるために肉を食べなければならないのか?

 

食物と認識したものだけが食物

 

現在ではミチもチカも肉そのものを食べるものと認識していません。

 

なぜ食べるのかよくわからないです。

 

認識していないので余計な食費かからなくて便利です。

 

財布にもエコです。

 

本当の食べものとは

 

道ばたの石ころは食べられるか否か

 

よく聞くのですが、戦争時代は食べるものはなく、死んだ人の肉まで食べて生き残ったといいます。

 

  • 「生きるためだからしょうがなかったんだ」
  • 「人間極限になったらどんなことでもする生き物なんだよ」と。

  •  

    それではお聞きしますが、道端の石ころを食べろといったら食べれますか?

     

    石ころが無理なら砂でもいい。

     

    公園の砂を食べたら生き残れるといったら食べますか?

     

    ミチカには無理です。

     

    石や砂を食べるものと認識していないのですから。

     

    肉も今では食べものと認識していません。

     

    ただ、昔に肉を食べていたので石ころほどではないです。

     

    しかしながら今、肉を食べれば拒絶反応を起こすのは間違いありません。

     

    食器洗剤を飲む人だって存在する

     

    ミチが見た出来事です。

     

    知的障害者の方が美味しそうに食器洗剤をガブガブ飲む姿を見ました。

     

    その子は職員の方に怒られていたのですが当の本人はお腹を壊すことなく目を離せばまた洗剤を飲もうとします。

     

    そんなもんなんです。

     

    人間は、それは飲み物と認識すれば飲めるし、食べ物じゃないと認識すれば食べれなくなります。

     

    いくら身体に良い飲食物だと思って食べても、その人の今の身体に合っていなければ拒絶反応を起こして吐いたり下痢をしたりするだけです。

     

    (今の身体と書いたのは人間は10年前と今と10年後では全く細胞レベルから違っているからです)

     

    そりゃ、極論をいえば、猛毒を飲んで死なないのかといえばそれは死ぬでしょう。

     

    しかしながら、この行間を感じ取って欲しいのです。

     

    結論・食べものとはナニか

     

    • 人間が食べものと認識するから食べられる。
    • 人間が食べものと認識しなければ食べものではない。

     

    そういや、納豆嫌いの大阪の友人が「納豆は食べもんじゃない腐ってるんだから」といってたなぁ(笑)

     

     

    <エコヴィーライフの食物の定義>
    心と体が食物だと認識し、かつ身体が受け付けるモノ

     

    どうかどうか、
    「あっ、そうなん」で終わらせて下さいまし。